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​いつかの鉄の香り

侵略者は単体そのものではさしたる脅威ではない。
脆い肉の体に多すぎる急所。
頭を撃ち抜いてしまえばそれで終わる。
夜が来る頃には侵略者達の死体の山が出来上がっている。
「おー、相変わらずやるなあ明日無は」
防衛ラインであるフェンスの向こうから任務を終え基地へと戻る兵士達から声をかけられる。
「で?今日は何人やったんだ?」
「数えてない」
「まだ帰還しないのか?」
「まだいい」
相変わらず無愛想だな、等と囃しながら彼らは立ち去った。
侵略者達の死体の山に登りあたりを見回す。
焼け焦げた地面。炸裂した火薬の匂い。
阿鼻叫喚の昼間とは真逆で痛いほどの静寂が辺りを包んでいる。
軍に入れられた時に打たれた薬の色と夜の帳が降りつつある空の色が重なる。
曰く俺は「適性」があるのだという。
それは戦闘意欲を高める薬なのだという。
止巻といったか。その薬を開発したという科学者の興味の無さげな説明がまだ頭にこびりついている。
適性がなければただの栄養剤に過ぎないが、適性があれば戦闘そのものに対して快楽を得、何度も戦いたくなるという「都合の良い兵士」へと体が作り替えられる。
薬自体に依存性は無いのだが、時折訪れる猛烈な殺人衝動に悩まされる事となる。
使い捨ての兵士の人生など考慮されていないのだろう。
俺は軍に保護された個体だ。
軍が保有する核の大結晶から俺は生まれた。
その時点で俺は兵士として使われる事が決まっていたのだ。
「クソだな」
俺は一生軍のモノとして使われるのだろうか。
それともあのにやついた顔のアイツのように兵器へと改造されるのだろうか。
戦って、戦って、殺したくなってまた戦う。
そこには俺の意志なんてものは存在していない。
あいつらは知っているんだ、薬に適性のある俺が軍から抜けた所で殺人衝動は永続するのだから、兵士として戦う道しかないという事を。
それでも俺はもうこんな所にはいたくはない。
狙いを定めて引き金を引く事なんか機械でだってできる事だ。
生きてやる。
軍の中でじゃない、俺は俺として生きるんだ。
そう決意したのは軍を抜け出すわずか一日前の事であった。
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