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​今更の話

軍の保有する大結晶鉱脈から生まれた彼は特異な体質をしていた。
我々V.Tは黒く若干の粘性を持つ体液によって体内の核を保護している。
しかし彼の体内には未知の毒素が満ちていたのだ。
それはメディカルチェックによって発覚し、科学兵器の素材へとするべく早急な毒素の解明を求められ、そうして自分の所...科学研究部へと彼は送られてきた。
「ええと...初めまして。僕は皆戸。君は...」
「...空呂」
「ああ、えっと...そうそう、そうだった。報告書に書かれてたっけ。はは...」
「...」
生まれてから2年、一通り教育は施されており、言葉もまだたどたどしさはあるものの喋れている。
「うーんと、それじゃあ...」
「毒」
「え」
「使うん、でしょ。おれの、体の、毒」
「.........」
今までのように植物や動物から毒素を取り出すのとはわけが違う。
まさか、同族の体に同じ事をしなければいけない時が来るなんて思ってもみなかった。
「うん、背中にね、注射の針を刺すんだけど...麻酔はできないんだ。君の体内の毒に負けるみたいで」
「うん、知ってる」
「あ、...そ、そう」
今更ながら怖じ気付いてしまって、無駄に会話を伸ばしてしまった。
「それじゃあ...刺すね」
「ん」
背に触れ、骨の隙間を探す。
何ヵ所かのポイントにペンで印をつけ、それが終わるとチューブのついた注射針を持ち、印のついた場所へ刺す。
「.........」
痛がる素振りは見せないが、座り込む脚を抱える腕が少し震えている。
怖いくらいに静かで、よけいに胸が痛む。
「...終わったよ」
チューブには蛍光色をした黄緑色の液体が流れ、透明なタンクへと落ちていくのが見える。
「...痛かっただろう、ごめんね...注射なんて人にやったことないから...」
「...ううん、別に...」
「...ありがとう、よく頑張ったね」
そう言って空呂の肩を撫でる。
空呂は一瞬びくりと体を震わせると、じっとこちらを見て小さく、
「...ありがとう、なんて、はじめて...言われた」
そう言うと膝を抱え、ぽつぽつと話し始める。
ここに来るまでひたすら物のように扱われていた事。
毎日監視され何をされるのか気が気でなかった事。
周りの何もかもが怖かった事。
「皆戸が優しそうな人で、よかった」
「おれ...役に、立てるように、頑張るから」
彼はどこまでも純粋だった。
だからこそ、自分が彼を汚してしまったのだと、今になって思う。
あれから自分は何度も彼の体に針を刺し、何度も彼の体を切り開き、何度も何度も繰り返して、結局一度も慣れる事はなかった。
彼を研究し続けて、十数年経った頃だった。
ついに毒素の完全な解析が完了し、複製が可能となった。
長かった。
これでもう彼の体を傷つけないで済むのだ。
彼が出るはずであった外へ、彼を自由にしてやれるのだ。
ずっと自分が望んでいた事だ。
その日のうちに、それを彼に知らせた。
あんな事するんじゃなかったって、今は思っている。
彼は愕然としていた。
「どうして」
「おれはもう...必要無いのか?」
「なあ」
「おれはもう用済みで」
「...捨てられるのか」
否定できなかった。
上には軍に関わっていた彼は処分、要するに殺してしまえと言われている。
もちろんそんな事はしない。
こっそり彼を外に逃がそうと、そう考えていた。
彼を外へ連れ出す、その最後の時まで彼は自分にすがり続けた。
役に立てるようにするから。できる事なら何でもするから。できない事もできるようになるから。
「捨てないで...」
そう言う彼を突き放し、自分は街を後にした。
自分は本当に愚かな事をしてしまったのだと、あれは全て自己満足でしかなかったのだと、ずっと悔やんでいる。
彼の世界はここが全てであったのだ。
鳥籠で飼われていた鳥を外界に放つなど、殺すのと同じだというのに。
ああ、だから自分はそうしたのだ。
直接自分の手で殺したくなかったから、外に置き去りにして世界に殺させようとした。
そんなのは自分の手で殺したも同然だろうに。
「許してくれ」
届くはずもない懺悔を毎晩のようにしている。
今更の話だ。
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