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​傲慢な否定

次に自分が自分である事を知覚したのは、ぬるりとした生暖かい液体が頭部を伝い落ちた時だった。
力の抜けた右手から刃物が抜け落ちる。
どれだけ強く握っていたのだろう、得物を持っていた右手はじんじんと痺れ、うっすらと赤くなっていた。
冷たい夜風がいやに頭を冴えさせる。

「ああ」
また殺してしまったのだな、と諦念すら覚えながらぼんやりと思う。

自分たちはその辺の生身の生物とは違う。
核さえあればどんなに損傷が酷くともまた再生する。
その事実が、自分の感覚を麻痺させてしまっているのだろうか。
それとも。

思い出す。
兵士として、「侵略者」の防護服を切り裂き、中身に刃物を突き立てた時。
薄い橙色をした気味の悪い肌に、ずぶりと容易く刃物が入っていく。赤黒い液体が溢れ、薄ピンクの臓器がこぼれ出る。

あまりにも脆いそれは、自分たちにとって希薄な「命」そのものだった。

「楽しんでるんだろ、お前も」
嫌な声が頭のなかでこだまする。
にやついた顔の、嫌な奴。

「···あいつよりは、ましな、はずだ」
痛む頭部を手で押さえ、言い聞かせる。
本当はわかっている。
自分とあいつは、「殺しを楽しんでいる」時点で、何ら大差はないのだと。
否定したかった。
まだ、自分には罪悪感がある、と。
もはやそれが歯止めになることはない。
それでも、否定したかったのだ。
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