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​魚のようになれたなら

かつかつとこちらに近づいてくる足音で萩入間は深い思考の海から浮上した。
「萩入間!言われてたやつ調べたよ」
部下であり、自身が造った子供のような存在、見溜井はそう言うと紙の留められたバインダーを手渡す。
「うん、ありがとう···後で読んどく」
「それにしてもやっぱりここは···なんていうか、草臭いね!」
「···それは、洒落かい?」
「···あっ!偶然!偶然だってば~!」
そんな他愛ない会話をしながらスロープを歩く。
ここは軍の中でも端にある動植物の保護区内、ビオトープのエリアだ。
昼前は一般解放もされておりとくに休日には観光地として賑わう。
萩入間は動植物が好きだ。
自分たちと比べ圧倒的に脆い「命」を持つそれらに覚える儚さと、それでも時に見せるたくましさがとても眩しく感じられて強く惹かれるのであった。
「生まれ変わるなら魚がいいな」
ぽつりと萩入間が言う。
その言葉に見溜井は不思議そうに頭部を揺らす。
「魚?···やっぱり萩入間は何考えてるかわかんないね!だって、生まれ変わりなんて科学的に証明されていないし、それに···」
「それに?」
「もし生まれ変わりがあるとしてもボクらはこの星以外には生まれ変われないよ」
僕らの体にある核は地核から発生した結晶が割れ落ちたものだ。
それを守るようにして体が作られる。
大結晶と呼ばれる大元の結晶はいくつかの場所で保護されており、そこから発生した我々···V.Tと呼ばれる種族は保護施設で教育を受け社会へ出ていく。
核が割れ事実上死を迎えた者は火口へ落とされる。それが我々にとっての「弔い」だ。
火口へ落ち、溶けた核がまた地中を巡り結晶化する、と、科学的根拠は無いものの、大衆の中ではそう考えられている。
「夢が無いねえ見溜井は」
「夢なんて見ないもん、ボク」
「そっちの夢じゃなくてね···」
僕も生まれは3番街の外れにある保護施設であった。
18歳の時受けた知能テストで満点をとった。
今思えば、それが始まりだった。
ほどなくして僕は社会ではなく軍へと送られた。
軍による優秀な人材の引き抜きがあったのだ。
気づいた時には既に保護施設側での契約がなされており否応なしに軍の通信担当に配属された。
配属を言い渡される時、一同に集められた僕と他に引き抜かれた人達の前に現れたのは僕のいる通信指令部を含めたこの研究施設のトップ···止巻であった。
僕より2年前に軍へ引き抜かれた彼は異例の早さで昇進しあっという間に科学研究部のトップへとなったという。
彼が軍の研究施設のトップとなってから様々な功績を上げているらしい。
いくつかの大結晶鉱脈保護施設を軍の傘下にし、そこから兵士や実験台を補充したり。
「生体兵器」と呼ばれる戦いに特化した改造V.Tを生み出したり。
殺しを求めるようになるという新薬を開発し兵士達に使用したり。
···正直僕は彼が苦手だ。
苦手、というのはだいぶマイルドな表現で、本当はもっと様々な感情が渦巻いている。
彼の人を人とも思わないような思考とか、一切の情が無い行動とか···
とにかく本能的に無理なのだ。
恐怖とか嫌悪とかがぐちゃぐちゃに混ざり合って複雑な気持ちになる。
もちろん表には出さないけど。
「夢···あ~分かった!ロマンってやつ?」
「まあ、そんなものだね」
「魚になることがロマン···?やっぱりわかんないや」
スロープの先の曲がり角を曲がった時だった。
見慣れた、いや、今一番見たくない色がそこにいた。
「あ!所長だ!研究室以外にいるって何か珍し~」
音もなくベンチに座っていた止巻に無邪気に駆け寄る見溜井。
びり、と電撃のような感覚が背を駆け上る。
理解のできないものに抱く本能的な恐怖。
「生まれ変わり、か」
先ほどの見溜井との会話を聞いていたのであろう、止巻はそう呟いた。
「私達の記憶は核に宿る、故に核の一部が損なわれればそのぶん記憶も失われる」
「······」
知っている。
そんな実験を彼が行っていたから。
「しかし、地下に渦巻く核の元と溶け混ざり合う時、その記憶はどうなっているのか」
「···どうなってるの?」
いつの間にか隣に座っている見溜井が問う。
「それはまだ未知の領域だ、記憶は消えるのか、引き継がれるのか」
「でも前世の記憶が残っているV.Tなんていないじゃん?」
当然の疑問だ、自分たちの核は昔また違う者の核の一部だったのかもしれないのだから。
「もし、優秀な知能や戦いの才能がある者の記憶を別の核に引き継ぐことができたら」
「···!」
「オリジナルが死んだとしてもオリジナルと遜色ないコピーが活動可能というわけだ」
ベンチから腰を上げ、外へ続く扉へと歩いて行く。
開いた扉の前で止巻は立ち止まり、
「見溜井、君は詰めが甘いな」
そう言い扉の向こうへと消えた。
「···あっちゃー、ごめん萩入間、バレてたみたい」
「···いいさ、初めからそんな気がしてたから」
「あっ!それってボクを信用してないって事!?」
「いやいや、違うよ···彼には隠し事はできないな、って意味」
渡されたバインダーの紙を捲る。
「V.T複製計画」
おぞましささえ感じる文字が、そこに並んでいた。
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